
| [1913] 雲仙普賢岳の火砕流が襲った雲仙岳災害記念館脇の水無川の河口 |
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クマうさぎさんからのリクエスト分から、
続いてはいよいよ長崎県島原(しまばら)市の復興地域です。 島原半島のほぼ中央に位置する雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)の火山活動から すでに長い年月が経過していますが、 当時、噴火活動に伴ってできた山腹の溶岩ドームが崩れて水無川を何度も下ってきた 高温の火砕流(かさいりゅう)に飲み込まれて 数十名の人命や家屋の多くの犠牲が出ました。 正面の山が雲仙普賢岳ですが、撮影時は雲がかかり、山頂を臨めませんでした。 当時の報道映像で、 灰が積もる道路の取材中に起きた火砕流から必死に逃げる映像を思い起こしました。 報道陣からも犠牲者が出ていたと思いますが、 火砕流で焼け焦げたTVカメラが発見されたというニュースも 当時、流れていたような気がします。 現在は、国道57号が前方に高架橋の形で架橋され、 水無川流域は広大な土地が見晴らし良く広がっている状態です。 火砕流により焼き尽くされた結果の広大な土地なのかもしれませんが、 海沿いの雲仙岳災害記念館で資料化され、隣接する島原復興アリーナとともに 雲仙普賢岳の火砕流被害の復興の象徴となっています。 |
| [1913](長崎県島原市 雲仙岳災害記念館付近) [地図] [Google Maps] 関連動画[V0095] |