バレンタインデーキッス


理由はいつもそれで。

岳人と付き合いだしてからというもの、日吉は岳人と一緒に帰った事がなかった。


「いつになったら俺達は・・・手を繋いで帰ったり、寄り道してお茶を飲んだり、人の通りが途切れた歩道で
ファ・・・ファーストキスとかするんだろうか・・永遠に無理な気がする・・いやしかし若よ・・ここで諦めてはいかん
いかんぞ!うん!これもひとつの修行なのだ!!」


机に突っ伏したと思えば、ブツブツと独り言を繰り返し、
泣き出したと思えば笑いだす日吉は・・教室のなかで一際不気味な存在だったが、この頃ではクラスメイトも誰も
気にするものは居なかった。




「ひよ」




「は!今!向日先輩の声がした!幻聴?ソラミミ?とうとう俺も自給自足・・・」


教室の入り口から顔を覗かせていたのは本物の岳人で、日吉は暫くその姿をみていたが
派手に椅子を鳴らして立ち上がり、岳人の前に来た。


「ひよ・・こんにちわ」

にこり、と笑って挨拶する岳人を、何も言わずに見ていた日吉はそっと手を伸ばして指先で岳人の頬に触れた。



「ほんものだーーーー!!!!!」


勝ち誇ったようにガッツポーズをしてそう叫んだ日吉は、ボタボタと大粒の涙を流して喜んでいる。



「・・ひ・・ひよ?!だいじょうぶ?泣いてるの?」
「漢泣きです!!!!時に向日先輩!こんな汚らしい教室までわざわざ何用でしょうか!!!」

日吉は岳人の前に跪いて尋ねる。
岳人は、日吉の大げさな態度に小首をかしげて微笑んで


「んっとね、ひよ、あのね、部活ね、終わったらね」
「はい!」
「いっしょに・・行って欲しい所があるの・・」
「はい!喜んで!先輩と一緒なら火の中水のなか!!」
「つきあってくれる?ほんと?ありがとう、ひよだいすき!」

にっこりと極上の笑顔の岳人に。
失神寸前の日吉は、岳人の言葉をよく分かっていなかった。






「一体、どうしたらいいんでしょうねぇ・・」

鳳は、いつもと同じ爽やかな笑顔で宍戸に聞く。


「あ?何がだよ」

日当りの良い屋上で、鳳は宍戸の髪に櫛を通しながら「攻略法ですよ」と答える。

「攻略?なに?ゲームで詰まってんの?」
「ええ、とても難しいゲームで」
「へー、お前ゲームなんかやんの?・・俺はそーゆーのやんないからわかんねーなぁ・・あ、忍足なら知ってんじゃねー?」

そう言いながら、振り向こうとする宍戸に「ほら・・動かないで・・」と優しく囁く。


「そのゲームのヒロインを攻略したいんですけど、そのヒロインが彼氏より、親友重視の人でして」

勿論、鳳は宍戸が跡部にばかり構う事を言っているのだが、宍戸はそんな事には気付かずに
「へー・・彼氏も大変だよなぁ・・」と答える。

「宍戸さんなら、どうします?親友と彼氏、どっちを選びますか?」

この質問は、鳳にとってはひとつの賭けでもあった。

宍戸と付き合いだして、今までに何度もデートの誘いを断られたその原因はすべて「跡部」
最初は「仕方のない事だ」と思っていた鳳も、次第に余裕がなくなってきた。

『たまには・・独り占めしたいですよ・・宍戸さん・・・、一緒に帰ったり、どこか遊びに行ったりしたいです・・』

素直にそう言うのは、照れくさくてプライドが許さなくて。
だから鳳は遠まわしに聞くことにした。


『俺と跡部さん・・どちらか選んでください』の意味を込めて。


「あー、それよりよー長太郎」
「え?」
「部活終わったらちょっと付き合えよ」
「・・・・・は、はぁ・・わかりました。でも宍戸さん、さっきの答え」
「あーーー!!!」

宍戸が凄い勢いで立ち上がる。

「ヤッベー!次の授業テストがあるんだった!赤点取ったらオフクロにボコられるーー!!!」


宍戸は慌てて屋上の出口に向かう。

「長太郎!後でな!」


屋上から出て行くその時、宍戸は立ち止まり、そう言って笑った。


『綺麗な人だ・・』鳳は素直に思い、笑顔でそれに答える。

「テスト、頑張ってください!宍戸さん!」
「おぅ!まかせとけー!!」小さな声が遠ざかってゆく。


「あーあ・・・聞きそびれちゃった・・まぁいいか・・」

鳳も立ち上がり、青い空を見上げた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

そして気付く「今、宍戸さん・・・『部活終わったら』って・・言ったよな・・?跡部さんもチビも一緒に・・?それとも・・」


「まさか・ね・・、過剰な期待はやめておこう・・」

鳳は自分に言い聞かせるように呟いて、屋上を後にした。




そして放課後。


「あれ?何やってんの鳳」
「お前こそ・・帰らないの?日吉」

鳳と日吉は、女テニの部室の前でバッタリと鉢合わせる。

「俺は、向日先輩が部活後に付き合って欲しいって言うから・・
日吉はそこで言葉を切って、そして

「てか!俺!向日先輩に放課後デートに誘われたって事?!」

初めてその事に気付いて目を輝かせた。


「多分、跡部さんも宍戸さんも一緒だと思うぜ?期待すんなよ日吉」

舞い上がっていた日吉は、鳳の言葉にあっさりと納得して「そうか」とつぶやいた。


「あーあ・・たまには向日先輩と二人で帰りたいよ・・・」
「俺だって・・・」


二人はフェンスに背中を預けて深いため息をついた。

暫くすると部室の扉が開いて、出てきたのは岳人だった。
辺りをしきりに気にして、日吉の元に走り寄って来る。
日吉の隣に居た鳳に警戒しながら、岳人は日吉の手を取った。


「ちょた!またあしたね、ごきげんよう!!いこ!ひよ!」
「え?!あ、あれ・・先輩?!」

岳人は鳳に挨拶もそこそこ、日吉の腕を取って歩き出す。
手を引かれるまま歩き出した日吉は「跡部さんと怪力はいいんですか?!」と尋ねる。

「うん!きょうは、あとべとりょーちにはナイショなの!」


小さな人差し指を唇に当てて言う岳人の言葉に、日吉は鳳を振り返った。
不思議そうに・・だが鳳は日吉に手をあげて「うまくやれよーロリ太」と日吉と岳人を見送る。



「じゃあ、宍戸さんは跡部さんと帰る・・のか・・」鳳が呟くと同時に宍戸が部室から出てきた。
岳人と同様に辺りをうかがって、そっと部室から出ると鳳の腕を引く。


「いくぞ!長太郎!」
「え?!あ、・・・はいっ!宍戸さん!」

宍戸に腕を引かれるまま、鳳も歩き出す。





『とうとう向日先輩(宍戸さん)は、俺と二人きりで帰ってくれるんだ・・』

日吉も鳳も同じことを考えて。
宍戸と岳人は、日吉と鳳をある場所に連れてきた。

某大型百貨店地下。
甘い香りの漂う、そこには「バレンタインコーナー」と大きな看板が掲げてあった。




「先輩!そ・・そんな気を使って下さらなくても!!」

日吉は「嬉しくて仕方がない」表情を引き締めることも出来ずに言うと、岳人もにっこりと笑った。


「ひよは、どんなのがすきなの?」

並ぶチョコの山を見ながら岳人は「こんなの?」とひとつの箱を日吉に差し出した。

「先輩が選んでくださったものなら・・なんでも・・っ・・俺はっ・・・」

日吉は嬉しさのあまり涙ぐむ。

「でも岳人・・なにあげていのかわかんないからぁ・・ひよもいっしょに選んで欲しいの」
「はい!喜んで!」
「跡部とりょーちのにあげるチョコレート、一緒に選んでね?」
「はい!・・・・・は?」






「はい?」

鳳の笑顔が引きつる。

「だから、跡部と岳人にやるチョコレートを選ぶんだよ!お前金持ちだから、なんかこう・・・高級そうなの選んでくれよ。
跡部には、あんまり甘くないやつな。岳人には死ぬほど甘いやつ」

宍戸は手にしたチョコレートを見比べながら、真剣に悩んでいる。

「・・・あ、跡部さんとチビに・・・あげるチョコを選ぶから・・だから俺に・・?」
「当たり前だろー?あげる本人に見られるわけにはいかーねーじゃんか!ほら長太郎!カッコイイの選んでくれよ・・」

鳳は「こいういう店・・あんまり来ないからわかんねーだよ」と照れて笑う宍戸がとても可愛いと思った。

本来、バレンタインデーにチョコを貰うはずの自分を差し置いて
宍戸は跡部と岳人の為にとチョコレートを選んでいる。

そんな宍戸も可愛いと・・・思えば思うほど

無性に、悲しくなってきた。








その頃、氷帝学園女子テニス部の部室前。

樺地は跡部が着替えて出てくるのをじっと待っていた。
暫くしてドアが開いて跡部が出てくる。

今日はその腕に岳人もくっついて居なければ、宍戸の姿もない。

だが、跡部は、その口元に笑みを浮かべて・・そして樺地を見ると紙切れを差し出した。

可愛らしい桃色の便箋には岳人の丸い字で

「跡部へ
岳人、さきに帰ります。
また明日ね。バイバイ。  岳人」

と書かれている。
もう一枚は、どう見てもノートの切れ端で、そこには宍戸の綺麗な字で

「跡部、先に帰るぜ。
お前も気をつけて帰れよな。
また明日な 宍戸 亮」

と書かれていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・二人とも・・先に・・帰られたんですか?」

樺地は跡部の荷物を持ちながら、そっと尋ねる。
いつも一緒に帰る二人が、二人とも居なくて跡部が悲しんでいるのでは・・と思い跡部の表情を伺うが
跡部は相変わらず微笑んでいる。

嬉しそうに。


「ああ、先に帰ったんだ。もうすぐ2月14日だからな」


跡部はそれきり何も言わずに、樺地の前を歩き出した。
樺地は「2月14日」が何を意味するのか分からなかったが・・とりあえず、跡部の後に歩き出した。




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