バレンタインデー当日。
目覚ましをかけた時間より、ずいぶん早く起きだした手塚は、まだ真っ暗な外を見て時計をみて・・
それを幾度となく繰り返す。
「今日は・・・あれだ・・2月14日だな・・・、あれだろうか・・その・・英子は・・・どうなんだろうか・・
俺に・・何かくれるんだろうか・・いやいや・・別に何か欲しいわけでは無いのだが・・うむ・・いや・・
うーん・・」
ぶつぶつと繰り返して、時計を見る。
まだ朝の4時30分だ。
手塚はもう一度、外の景色を見ながら一人思う。
英子が、頬を赤らめながら差し出す小さな箱。
その中身はもちろん「あれ」で。
手塚は「これは?」とわざと惚けてみせて、しばらくはその箱を受け取らない。
『あ・・あの・・これ、その・・今日は・・バレンタインデーだから・・英子・・
手塚君のために・・チョコレート作ったの・・手作りなんだ・・・・よかったら・・・』
そこまで言って、国光カメラのアングルは英子の表情をアップで捉える。
『よかったら・・・英子も一緒に食べて・・ください・・』
「そそそ、そんな大胆な!俺たちはまだ中学三年生だというのにか!」
手塚は叫ぶと立ち上がり・・かといって何をするでもなく部屋のなかをうろうろと歩き回り・・・
そしてベットに腰掛けた。
「ふー・・・バレンタイン・・あなどれん・・・油断せずにいこう・・」
真っ赤になりながら汗をふく手塚の部屋に、手塚の母親が「アンタ何時だと思ってんのよ!バレンタインデーくらいで
テンションあげてんじゃないわよバカ息子!」と鬼の形相で殴りこんでくる2分前であった・・・・。
命からがら家を後にした手塚は、それでも緩んでくる表情を引き締めるのに必死だ。
付き合い始めて数ヶ月。
まだまだ初心なお付き合いを続けている二人の仲に、進展を求めるのは健全な中学生男子として当然の事だろう。
特に手塚の場合は敵が多くて、邪魔ばかりされている為、その思いも人一倍強い。
「今日こそは・・て・・手を・・繋げるだろうか・・・」
手塚はそう思って熱くなる頬を押さえながら「油断せずにいこう」と口癖を呟いた。
青学テニス部のバレンタインデーの朝。
部員達はテニスもそっちのけで、あちらこちらでイチャイチャしていた。
「他の人から貰ったら、絶対にダメだからね!」
「うん、わかってる」
「義理でもなんでもだめだからね!そんなの渡す女が居たら僕に言ってね!ギッタギタにしてやるから!」
「ははは、不二は可愛いね」
河村不二ペアは堂々とコートの真ん中でイチャついている。
有名なブランドの店に弟を三時間並ばせて買ってこさせたチョコを受け取った河村も嬉しそうだった。
そんな二人を横目で見ながら手塚は落ち着かない。
可愛い彼女は・・今は友達や後輩にチョコレートを配っている所だ。
「あれー手塚、まだ貰ってないの?」
手塚の落ち着きのない動きに気づいた不二が手塚の前に来る。
「・・・・・・」手塚は不二が大の苦手で、視線をそらせると「何の事だ」と惚けて見せた。
「これ」と不二がポケットから可愛くラッピングされた箱を取り出す。
箱を掴んだ不二の指先はバンドエイドだらけで、「まるでテーピングのようだな・・」と手塚は思ったのだが口には出来なかった。
「これ!僕は朝イチで英子から貰ったよ?手作りなんだよねー、超おいしいの!」
「何?!英子がキサマにチョコレートを?!同性同士でっ・・そ・・そんな・・破廉恥な・・っ!」
手塚は何を想像したのか真っ赤になって・・
そんな手塚に飛んできたのは不二のローキック。
「あいた!」
「ばーっか!チョコ貰えるのが男だけの特権だと思うなよ!この原始人!」
「ぎゃ!いた!痛い!不二!」
放たれ続けるローキックを受けるたびに、悲痛な声をあげる手塚。
『なんだかんだ言って・・不二は手塚に構うの好きなんだから・・』と、ささやかな嫉妬を感じた河村だったが・・・
そのまま見守る事にした。
そこへ・・
「不二!なにしてるのー!」
慌てて飛んできたのは英子で、手塚は泣き出しそうな表情から一転、クールな表情に変わる。
好きな女の子の前ではいつもかっこよく居たい手塚君なのである。
「ちょっとからかってただけ」
「不二のちょっとは、絶対「ちょっと」じゃないんだからーー!!」
英子の抗議に笑って「はいはい」と答える不二は反省などしていない。
「それより英子、このお馬鹿ちゃんってば、そわそわして落ち着きないんだから、さっさとあげちゃえば?」
不二に言われて、英子は手塚を見上げる。
『「きた」』
手塚は内心叫んだが、表情はクールなまま、なんとか耐えた。
『きっと英子は俺のために作った手作りのチョコを手渡してくれる・・』
そう思って英子を見つめる。
英子は・・
俯いて、そして持っていたバッグから箱を取り出した。
「あれ?」と思わず言ってしまったのは不二だ。
手塚もその箱には違和感を感じた。
「ごめん・・手塚君・・」
小さな声で謝ってから英子はその箱を手塚に手渡した。
「え?!な、なんだ?英子・・ごめんって・・・」
「ごめんにゃ〜〜〜!!!」
英子はそのままコートを飛び出した。
ノロマな英子の事だから、走ればすぐに追いつくことは出来るのだが・・手塚はどうして英子が謝るのかわからないまま
手渡された箱を見ていた。
そっと箱を裏返す。
そこには成分表が貼り付けてあった。
きっとどこかで買った市販品。
『親友の不二には手作りで、彼氏の俺には市販品・・』
『そして・・「ごめん」と謝って・・泣く・・その真意は・・・』
「遠まわしに・・フラれたんじゃないの?」
不二の言葉に手塚は崩れ落ちた。
不二の言葉は・・たった今、自分がはじき出した答えとまったく同じだったからだ。
立海大付属中。
朝から男子達が落ち着かない今日という日が、「女の子からチョコを貰える日」だと教えられたジャッカルは
まだそれがどういうものかわからない。
生まれ育った国が違う彼には、言葉で説明されても実感がわかないまま3度目の2月14日を迎えた。
食堂で、いつものように朝食をとっていると、あちこちで「バレンタインイベント」の真っ最中である。
広い食堂でも、彼女の姿がすぐに見つけられて、ジャッカルは溜息をつく。
「パパー!!おはよーー!!!」
赤也が抱きつくのは真田で、真田は赤也を抱きしめて「早いのかーよかったなぁ、今日も可愛い奴め!」と
相変わらずの親ばか丸出しである。
「あのね!あのね!パパ!これ!はい!」
赤也は大きな袋を差し出す。
「今日はバレンインデーだから!赤也、パパに一番にチョコあげたかったの!貰ってくれる?」
「もちろんだ!赤也!本当に可愛いなー!お前はーーー!!!!」
真田は・・・これ以上ないほど緩んだ表情で赤也からチョコを受け取ると・・・・赤也の後ろにいた蓮にも手を差し出す。
「何だ」
蓮は冷たい表情で答え、テーブルに朝食を載せたトレイを置いた。
「何だ、じゃないだろ、お前も何か渡すモンがあるだろ、俺に」
「特にない」
「まったまた照れちゃってなー、ママは恥ずかしがりやさんだからなー赤也」
真田は赤也に話をふって、そして再度手を出す。
「ほら、いいから出せよ蓮。今なら誰も見てねーし!皆には黙ってといてやるから!」
蓮は真田を見て、そして溜息をついた。
「特にない、と言ったはずだが?聞こえなかったのか、弦一郎」
「・・・・・・・・・え?無いってお前!今日は2月14日だぞ!そんな事でどうするんだ!」
「どうもしない・・早く朝食を取れ・・・朝練に遅れるぞ」
「ば!朝練が何だってんだ!お前!バレンタインデーに本命からチョコもらえないなんて事あるかよ!
いいから出せーー!!!」
ジタバタと暴れる・・まったく大人げの無い中学三年生は、身長が180cmもあるので、うっとおしい事この上ない。
蓮は立ち上がった。
そして。
「私が、「特に無い」と言ったのだ・・・。聞こえなかったのか?弦一郎」
「・・はい・・・すみません・・・」
真田は、蓮に睨まれて途端に大人しくなった。
本気で怒った蓮の怖さは、蓮を本気で怒らせる事の出来る真田が一番良くわかっているのだ。
「何か・・大変そうだなぁ・・・」
ジャッカルは生卵をかき回しながら、真田一家を心配していた。
不動峰中
「石田君、これあげる!」
通学路で、名前も知らない同級生にいきなり渡されたチョコレート。
石田はしばらくその箱と、走り去ってゆく女の子の揺れるセーラーカラーを見ながら突っ立っていた。
そんな石田を現実に引き戻したのは・・
バリバリと何かを破る音。
「・・へ?・・つ、司・・?!」
石田が振り向いた先には司が、元は綺麗にラッピングされた包装紙を破いている。
「違うから」
司が呟く。
持っていた箱を地面に叩きつけて踏みつける。
「お前に買ったんじゃないから!いい気になるなよ!ハゲ!バカ!!!!」
そう叫ぶと、走り去る後ろ姿。
石田は慌ててその背中を追いかけた。
少し早めに家を出たアキラは、桃城が来るのを待っている。
特に約束をしたわけではないので、桃城がこの道を通るかはわからない。
それでも神尾はじっと待ち続けていた。
この辺では見慣れない不動峰中のセーラー服を、道行く人たちが振り返り
その度にアキラは俯き加減になってゆく。
一週間前
嫌がる司と一緒に出かけた店で、何時間もかけて選んだチョコレート。
結局最後の最後になって、司も石田に、とチョコレートを買って・・
「14日・・ちゃんと渡せるといいね・・」と二人で囁きあって笑って。
そんな想いが詰まった箱をぎゅっと握り締めるたびに包装紙に皺がついていく。
「お前・・・いつも急に現れるなぁ・・」
そんな声に顔をあげた。
自転車に乗った桃城が笑っている。
「あ、も・・桃城君・・」
「おう、おはよ」
「お・お・・・お・・・おはよ・・ござっ・・ます・・・」
言葉が詰まって上手く言葉に出来なくて、とりあえず頭を下げた。
いつもの事なのだが・・
アキラは桃城を前にすると真っ赤になって何もいえなくなるのだ。
「今日も赤いのな・・お前・・」桃城が冷やかす声がして、アキラはこくこくと頷く。
アキラは意を決して腕を出した。
「何?」
「・・・・・あ、あの・・」
「え?もしかして!バレンタインデーってやつ?」
「う、うん!」
「へー・・・意外・・」
桃城の言葉にアキラが顔をあげる。
その泣き出しそうな表情に桃城は慌てて「だっ・・だってよ」と・・・
「だって付き合ってるわけでもないのに・・・」と続けた。
言われてみれば・・・
ちゃんと「告白」をした訳でも「付き合っている」訳でもない。
二人でどこかに遊びに行った事もない。
アキラは桃城を見上げる。
「つ・・・・つき・・」
「うん?」
「付き合わないと・・ダメ?貰って・・くれない?」
「え?!いや・・そうじゃなくてよ・・」
桃城も・・・実は二人のこの微妙な関係をどうしていかわからない。
そもそも・・「付き合う」きっかけが、目の前のチョコレートなのでは・・と頭でわかっているのに
上手くいかない。
それはアキラも同じなのだろう。
無言のまま見詰め合って・・
そして桃城は覚悟を決めて口を開いた。
「付き合ってください!私の彼氏になって!私!桃城君の彼女にな・・・っ・・なりたいっ・・・です!!!
す・・・・・す・・・好きだからっ!」
言いたい事を・・先に言われてしまった桃城は・・
ポカンと口をあけたまま・・
震える指に支えられた箱を受け取った。
「うん・・・付き合おうぜ・・俺も・・お前の事好きだ」
「え?!!」
アキラは桃城の言葉に驚いて・・そして固まってしまう。
「その、前に・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お前のその赤面症・・・どうにかしなきゃ・・な」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
石のように固まってピクリとも動かないアキラの顔は相変わらず真っ赤で。
桃城は笑ってアキラの頬に手を添えた。
「俺に慣れるまで・・・こうしてようか・・」
真っ赤な顔は・・・そのまま泣き顔に変わって。
桃城は慌ててアキラを抱きしめた。
「こんな所で泣くなよ!俺が悪いことしたみたいだろーー!!」
「うっ・・ごめ・・っ、ごめんなさい・・っ・・」
「あーもー、いいから・・泣け!思う存分泣け!落ち着くまで付き合ってやっから・・」
「ごめっ・・」
「いいからいいから・・・」
初めて抱きしめた女の子の体に、その細さに柔らかさにドキドキしながらも・・・
平静を装って言葉をかける。
そんな桃城も、耳まで真っ赤に染まっていた。
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